Parasite

 

寄生虫は気持ち悪いと思われることがほとんどだ。

しかも「あいつは寄生虫みたいだ」という言葉に尊敬の気持ちは微塵もない。

そう、寄生虫はこの世の中でかなり厳しいポジションにいるわけなのだが、

あまりにも多くの寄生虫が私たちのそばにいるので無視をするわけにもいかない。

というか、自然の中に出かけて行き、よく見てみるとこれが実に面白いのだ。



著者プロフィール
脇 司(わき・つかさ)

1983年生まれ。2014年東京大学農学生命研究科修了。博士(農学)。日本学術振興会特別研究員、済州大学校博士研究員、2015年公益財団法人目黒寄生虫館研究員を経て、2019年から東邦大学理学部生命圏環境科学科講師、2022年4月から同大准教授。貝類の寄生生物をはじめ広く寄生虫を研究中。単著に『カタツムリ・ナメクジの愛し方:日本の陸貝図鑑』(ベレ出版)がある。

 

あなたのそばに寄生虫

第7話

マンボウと僕とサナダムシ

 文と写真 脇 司


僕はスクーバダイビングの資格を持っている。20年くらい前に取った資格だが、一生モノのライセンスなので、機材さえあれば今でもボンベを担いで潜水できる…はずなのだが、今や日常の色々な業務にまみれてその時間もなく、潜水機会は訪れることがない。
そんな僕も、かつては毎週のように海に潜って生物調査をしたものだ。それは、伊豆の海の水深10mくらいのポイントで、海底近くを足ヒレで泳いでいた時のこと。目の前の海底に突然、4畳半くらいの”白いじゅうたん”が出現した。そのじゅうたんは、巨大なビート板のような形状で、ところどころに隙間が空いて細めの骨が露出していた。ヒレのような器官もついており、どうやら魚の死骸のようだ。この大きさで、ビート板形のシルエットを持つ魚と言えば…?
「マンボウだ…!」
初見で「白いじゅうたん」だと思ったものは、よく見るとマンボウ(*)の死体だったのだ。死後ずいぶん長い期間が経過していたようで、肉はぼろぼろの白い屑になっていたが、マンボウ独特のシルエットは死んでいても健在だった。死体とはいえ、初めて見た野生のマンボウ。水族館でしか見たことのなかった魚が、今、目の前にいる。その感動は今も僕の脳裏に焼きついている。
(*)マンボウの仲間には複数種含まれていますが、本文ではマンボウの仲間の総称としての意味で「マンボウ」を使用します。

マンボウに寄生虫は多い?
月日は流れ、僕の研究の場は海底から遠く離れた陸の上、大学のキャンパスの一角に移動した。今の僕は、せわしない日常の合間を縫っては魚を入手して解剖し、寄生虫をこつこつ集める日々を過ごしている。自分の趣味趣向として、長くてにょろにょろした魚か、大きな飾り(大きな鰭やコブなど)のついた魚や、平べったくて顔の長い魚が好きなようで、解剖の対象になるのはタチウオ、ホウボウ、ミノカサゴ、コブダイ、ウマヅラハギなど、ちょっと変わった魚が中心となっている。さまざまな魚を解剖する日々の中、折に触れて海で出会ったあのマンボウを思い出し、いつか解剖してみたいという気持ちになっていた。一度は解剖したい憧れの魚。それがマンボウだ。
一般論として、魚(特に天然魚)に寄生虫が付くのは珍しいことではない。魚一匹当たりに付く寄生虫の数に個体差はあるにせよ、どんな魚にも寄生虫は付く。タラ類のように安定して寄生虫の多く付く魚種も結構あって、そういった魚は、大学の魚類寄生虫実習でよく利用されることになる。一方でマンボウは、その変わった形や大きさが影響してか、まことしやかに広まっている“噂”をいくつも持っており、その中のひとつが「マンボウには寄生虫が多い」である。果たしてマンボウは特筆するほど寄生虫が多いのか。一度この目で確かめたい、と思っていた。
それに加えて、マンボウには世界最長とされる寄生虫「ネマトボツリオイデス」が付くという。この虫のことを記した古い文献によると、その長さなんと12 mで、マンボウの筋肉に入っているらしい。マンボウの体は長さ12 mもないけれど、寄生虫がとても細長くて筋肉の中に綺麗に折りたたまっている、ということのようだ。寄生虫学者なら一度は見てみたい憧れの寄生虫だ。
そんな中、水揚げされたマンボウを鮮魚で購入する機会がたまたま訪れた。マンボウの寄生虫は多いのか?そして僕は、憧れの世界最長の寄生虫を見つけることができるのか?

マンボウの寄生虫との初対面
ついに、ラボにマンボウがやってきた。
人生で2回目の野生のマンボウとの対面は、陸上で叶うことになった。マンボウの実物は、瞳がとてもつぶらで、おちょぼ口がとても可愛い(図1)。マンボウ、買ってよかった。

図1.(A)マンボウ(©齊藤佳希)。マンボウが到着する前日、学生にマンボウの話を雑談で話すほどワクワクしていた。(B)マンボウのつぶらな瞳。
早速マンボウの体にハサミと包丁を入れたいところだが、解剖に取り掛かる前に、やるべきことがある。外見のチェックである。魚には、鰭や口の中に寄生虫が付いていることがある。外部寄生虫というやつである。
というわけで、鰭や体表をよく見るために、マンボウをよいしょと持ち上げる。この流れでマンボウを初めて触って気がついた。マンボウの皮、とても固い。サメ肌のようなざらざらもあって、なんだかワサビが擦れそうだ。こうして、マンボウの皮の触感を楽しみつつ、その皮と鰭の表面をなめるように見てみたが、残念ながら外部寄生虫はいなかった。次に、期待を込めて口の中を覗いてみた。寄生虫ではないけれど、マンボウの立派な歯が目に入る(図2)。

図2.大変立派なマンボウの歯(©瀬尾栄滋)。流石はフグ目の仲間…!
マンボウの歯は、フグやカワハギが持つようなニッパーのようにゴツい歯だった。この歯で一体マンボウは、何を食べているのだろう。マンボウはクラゲを食べる印象があったが、硬い生物もよく食べるのか…?
と、マンボウの歯に思いを巡らせていた矢先、おや…?

図3.いたー!(©瀬尾栄滋)
マンボウの歯に気を取られてすぐには気づかなかったが、口の中にたくさんの寄生虫が付いていた(図3)。ウオジラミの仲間だろうか?(よく見ると、口の外にも同じ虫が1匹付いていた)。この寄生虫を、生理食塩水を入れたシャーレに1つひとつピンセットで移していく(図4)。その数20個体以上。寄生虫的に幸先の良いスタートだ。

図4.マンボウの口から集めた寄生虫。甲殻類のウオジラミの仲間だと思われる(※この寄生虫含めて、今回の寄生虫による食中毒などの事例は見当たりません)。
マンボウの腸には…?
いよいよマンボウ本体に刃を入れて、解剖して内部寄生虫をチェックしていく。サメ肌のように硬いと思ったマンボウの皮は意外としなやかで、解剖用ハサミやキッチンバサミを使えばザクザク切れる。骨は柔らかく、牛刀包丁を使えばちょっとした力で背骨がザクッと切断できる。ばらす過程は爽快さすら感じたが、肉はちょっと水っぽく、味がうまいかどうかは判らない。
マンボウをばらしていく過程で、やがてマンボウの鰓が完全に露出した。その鰓には、巨大なセミのような寄生虫が付いていた(図5)。これは有名なマンボウのカイアシ類、マンボウノチョウだ。長さ2 cmほどの大型のカイアシ類で、こんな見た目だが節足動物に該当する。

図5.マンボウの鰓に付いていたマンボウノチョウ(矢印)。とても分厚いセミのような寄生虫で、初めは鰓に木の実か何かが付いてるのかと思った。
続いて、マンボウの腹から腸を切り出し、丁寧に中を観察していく(一般的に、腸はチューブ状で中に空間があるので、寄生虫の住みかにうってつけなのだ)。すると今度は、マンボウの腸の中に糸状の虫が沢山いるのに気がついた(図6)。サナダムシの仲間だ。サナダムシは、マンボウの食べた物をその体表から吸収し、マンボウの食べたものを横取りして生きている。

図6.(A)マンボウの腸にいた多数のサナダムシ(©齊藤佳希)。サナダムシの仲間に紛れて、Accacoeliidae科と思われる黒い吸虫も付いていた(矢印)。マンボウからはこの科の吸虫が数種類報告されている。(B)サナダムシをマンボウの腸から取り出したところ(©林蒔人)。一体、何個体の虫体が絡まっているのだろう…?
腸からサナダムシを出してみると、いくつもの虫体が互いに絡まり1つの団子になっていた。折角なので、1虫体ずつ丁寧にほどいていくことにした(図7)。この作業は、いわゆる「お祭り」になった釣り糸を根気強くほどく過程に似ているのだが、ほどく途中でサナダムシをつついて刺激すると、虫がびっくりしてぎゅっと縮んで余計に絡む。サナダムシの団子をほどく工程は、思った以上に難易度の高い作業となった。仕方がないので、一晩冷蔵庫で冷やしたところ、サナダムシが冷えて活性が鈍ってほとんど動かなくなったので、これ幸いとほどく作業を続け、大きな4虫体だけ団子から引きずり出すことができた。残り大多数の細いサナダムシは流石にもう無理だと判断し、まとめてエタノールで固定した。

図7.(A)からんだサナダムシを丁寧にほどいていくようす(©齊藤佳希)。(B)ようやくほどけた大型虫体。
大きな4虫体を標本にするため、水を張ったバットに虫を移して、少しずつエタノール(アルコール)を滴下していく。要するに、虫を酒で酔っぱらわせて昏睡状態にするのである。というのも、いきなり100%エタノールにサナダムシをどぶ浸けすると、薬品の刺激でサナダムシがびっくりして縮んでしまう。縮むと寄生虫の内部構造が良く見えなくなるので、まずは悪酔いさせてぐでんぐでんにするのがサナダムシの標本作成の基本となる。酔っぱらったあとは、100%エタノールに虫を入れて、カチッと虫を固定して標本作成完了、である。なお、マンボウの筋肉を丁寧に観察したけれど何も出ず、残念ながら世界最長の寄生虫「ネマトボツリオイデス」との対面はついにかなわなかった。

マンボウの噂、とりあえずの決着
結論として、マンボウの寄生虫は多く、寄生虫的に大満足の結果となった。一方で、今回のマンボウと同じくらい寄生虫の多い魚は、他にもいる。おそらく、マンボウの知名度とその独特の魅力が相まって「マンボウに寄生虫が多い」という噂が成立したのかもしれない。あるいは、今回捌いたマンボウが、たまたま寄生虫の少ない個体だった可能性も否定できない。というわけで、引き続きたくさんのマンボウを解剖する必要がありそうだ。
こうして、僕のマンボウ探し、もといマンボウの寄生虫探しはしばらく続くことになった…
最後に、マンボウとその寄生虫探索にご協力いただいた石川孝典氏、齊藤佳希氏、瀬尾栄滋氏、林蒔人氏に感謝いたします。

つづく



*併せて読みたい
脇 司著
カタツムリ・ナメクジの愛し方
日本の陸貝図鑑
』(ベレ出版)


当Web科学バー連載の一部を所収、
図鑑要素を加えた入門書です。

<バックナンバー>
第1話「この世の半分は寄生虫でできている」
第2話「そもそも『寄生』ってなんだろう?」
第3話「綱渡りのような一生」
第4話「秋の夕暮れとヒジキムシ」
第5話「外来種にまつわる寄生虫の複雑な事情」
第6話「愛しいハリガネムシが見つからない」