MANDALA

 

ヒトとチンパンジーの共通祖先は600万年前に生きていた。

この地球上に、ヒトとゾウの共通祖先は9,000万年前、

ヒトとチョウの共通祖先は5億8,000万年前、

ヒトとキノコの共通祖先は12億年前に生きていた。

15億年前には、ヒトとシャクナゲの共通祖先が生きていたという…。



著者プロフィール
長谷川政美(はせがわ まさみ)

1944年生まれ。進化生物学者。復旦大学生命科学学院教授(中国上海)。統計数理研究所名誉教授。総合研究大学院大学名誉教授。理学博士(東京大学)。著書に『分子系統学』(岸野洋久氏との共著)『DNAに刻まれたヒトの歴史』(共に岩波書店)『新図説 動物の起源と進化―書きかえられた系統樹』(八坂書房)『遺伝子が語る君たちの祖先―分子人類学の誕生』(あすなろ書房)など多数。1993年に日本科学読物賞、1999年に日本遺伝学会木原賞、2005年に日本進化学会賞・木村資生記念学術賞など受賞歴多数。

 

僕たちの祖先をめぐる15億年の旅


第18話

キノコとヒトの共通祖先

文と写真 長谷川政美

◎動物、植物、菌類のあいだの系統関係

地球上の生物は、細菌(バクテリア)と真核生物という2大グループに分けられます。細菌には「真正細菌」と「古細菌」という2つのグループがあり、古細菌に近い仲間から「真核生物」が進化したと考えられます。
動物、植物、菌類(キノコ、カビ、酵母)などが真核生物です。真核生物にはこのほかに、ゾウリムシ(繊毛虫)、マラリア原虫(胞子虫)、ミドリムシ(鞭毛虫)など単細胞のさまざまな生物も含まれますが、これらは「原生生物」と呼ばれています。ただし、原生生物は進化的にまとまったグループではありません。動物、植物、菌類を除いたさまざまな単細胞真核生物をひとまとめにして原生生物と呼んできたのです。
このレベルの分類単位が「界(かい)」ですが、ここで動物界、植物界、菌界という3つの大きなグループのあいだの進化的な関係について見てみましょう。
菌類は細菌と区別するために「真菌類」と呼ばれることもあります。キノコなどの菌類は植物だと思っている人が多いかもしれません。確かにキノコは動物のように動き回りませんが、植物のように自分で養分をつくりだすわけではありません。木材や落ち葉など植物体を栄養源として生きているのです。
植物のように自分で養分をつくりだすのを「独立栄養」、菌類や動物のようにほかの生き物から養分を得て生きるのを「従属栄養」といいます。菌類は進化的には植物によりは僕たち動物に近い生き物なのです。


図18-1.真核生物の系統樹マンダラ(ワンクリックで拡大)。

◎菌類の進化

真核生物の系統樹マンダラ(図18-1)をご覧ください。単細胞の原生生物をはじめとした眼で見えないグループは除いてあります。眼に見えるものだけでも、これだけ多様な生き物がいるのです。
第12話で出てきましたが、石炭紀からペルム紀にかけて大量に蓄積した木材が石炭になりました。セルロースやリグニンなどを分解する菌類がまだ十分に進化していなかったためです。そのために炭素が地中に埋もれたままになってしまい、大気中の二酸化炭素濃度が減少し、さらに酸素が消費されないため酸素濃度が上昇したのです。
しかし、やがて木材を分解できる菌類が進化してきました。中生代の三畳紀、ジュラ紀を経て白亜紀になると、木材を分解できる菌類が進化し、石炭ができにくくなり、循環型の生態系が動き出します。植物が無機物から有機物を合成して蓄えたものが、菌類によって分解されて再び無機物に戻るというサイクルです。
菌類学者の小川真さんによると、この頃から現在の森林で見られるような、倒木の腐った材の上に次世代の稚苗が育つ倒木更新が可能になったといいます。このように菌類が進化しなかったら、現在のような物質循環が起らず、生態系も貧弱なものだったはずです。菌類の主要な進化は、シルル紀からデボン紀にかけて植物が陸上に進出したあとのことだと考えられます。

◎菌類の2大系統

菌類は菌糸から出す酵素で有機物を分解して栄養分としますが、これには「担子菌(たんしきん)」や「子嚢菌(しのうきん)」が含まれます。キノコと呼ばれているものは、たいてい担子菌に属します。担子菌という名前は、キノコの傘の裏側のヒダにある担子器に胞子ができることからきています。
もう一つの子嚢菌は、胞子を入れた子嚢をつくる菌ということで、これには酵母、アカパンカビ、トリュフなどの一部のキノコが含まれます。また漢方薬で冬虫夏草と呼ばれているものも子嚢菌です。
冬虫夏草は、取りついた虫を殺し、その死体から生えてくるキノコです。漢方薬に使われる冬虫夏草は、チベットなど標高4,000メートル付近の草原に生息するコウモリガの幼虫に寄生する菌です。また漢方薬には使われませんが、冬虫夏草の仲間でカメムシタケ(図18-2a)、オサムシタケ(図18-2b)と呼ばれるものがありますが、それぞれカメムシ、オサムシに寄生する子嚢菌です。

図18-2a.カメムシタケ(北九州市立いのちのたび博物館所蔵標本)。冬虫夏草の一種でカメムシに寄生する子嚢菌。

図18-2b.オサムシタケ(国立科学博物館所蔵標本)。冬虫夏草の一種でオサムシに寄生する子嚢菌。

担子菌や子嚢菌の多くは、植物や動物の遺体を分解して生態系に戻すことによって、物質循環を助けています。このような分解者なしでは、現在の地球上の豊かな生態系は成立し得ないのです。
6,600万年前に起こった恐竜絶滅のK/Pg境界に、大量の菌類胞子が見られるという報告があります。大量の植物が枯死したので、それを分解する菌類が大量発生したのです。多くの動植物が大量に死んだこの時代も、分解者である菌類にとっては千載一遇のチャンスでした。菌類のおかげで物質の循環が進み、新生代に入って哺乳類と鳥類が繁栄する環境が整えられたといえるかもしれません。彼らがいなかったら、「核の冬」はもっと長く続いていたことでしょう。
キノコには派手な色で、強い香りを放つものがたくさんあります。この点では顕花植物の花に似ています。植物の花は昆虫などに花粉を運んでもらって、受粉を助けてもらうために進化したとされていますが、キノコの色や香りも昆虫などに胞子を運んでもらうために進化したものかもしれません。
キノコにもスギ花粉のように胞子を風に乗せて飛ばす風媒キノコと顕花植物の花粉のように昆虫に胞子を運んでもらう虫媒キノコがあります。

◎地衣類

菌類のなかで重要なグループがもう1つあります。「地衣類」と呼ばれるものです。地衣類も菌類の仲間ですが、緑藻やシアノバクテリアなどの藻類との共生体です。菌類が藻類に生活の場と水や無機物を与え、代わりに藻類が光合成で作る栄養を得ているのです。地衣類は僕たちのまわりでもよく見かけます。図18-3aのように樹の幹や図18-3bのように石の表面にも生えます。

        図18-3a.樹の幹に生えた地衣類(日光)。

図18-3b.石像に生えた地衣類(カンボジア・アンコールトム)。

日本画の梅の木などの幹には図18-3aのような丸いパターンが描かれていることがよくあります。これをコケ(苔)としている解説がありますが、多くの場合はコケではなく地衣類です。コケは次回に登場する植物であり、地衣類とは別物です。でも、このような地衣類にウメノキゴケとかマツゴケなど「コケ」という名前がついているので、間違われてもしょうがないですね。
地衣類は、植物が育たないような過酷な環境でも見られます。極地や火山周辺で有毒ガスの出るところで生育できるものもいるのです。ところが一方で、自動車の排気ガスなどに弱い地衣類も多く、大気汚染のよい指標にもなります。
地衣類は、次回出てくる植物よりも先に陸上に進出していたようです。中国貴州で6億年前の地衣類とみられる化石が見つかっているのです。植物が陸上に進出したのが4億5,000万年前頃といいますから、それよりもはるか以前に地衣類が最初の陸地開拓者だったのです。過酷な環境の極地の岩の上で育つ地衣類は、そのような開拓者のすがたを彷彿とさせます。
樹木からモジャモジャと垂れ下がるように生えるサルオガセ(図18-4a)もまた地衣類です。ところがアメリカにはこれとよく似たサルオガセモドキ(図18-4b)がありますが、こちらは被子植物門・単子葉植物パイナップル科の植物なのです。これも収斂進化ですね。

      図18-4a.サルオガセ(地衣類; ブータン)。

図18-4b.サルオガセモドキ(単子葉植物・パイナップル科; アメリカSouth Carolina)。
地衣類になる菌には子嚢菌と担子菌の両方がありますが、子嚢菌の地衣類のほうが圧倒的に多いので、真核生物の系統樹マンダラ(図18-1)では子嚢菌に入れてあります。

◎キノコとの共通祖先、
 さらに変形菌との共通祖先

すべての動物の共通祖先●28(図18-1)をさかのぼっていくと、僕たちとキノコの共通祖先●29に出会います。
まず遺体を分解する腐生性の菌が進化し、そのなかから生きたものに取りつく寄生性の菌が進化したと思われます。これは肉食性動物の場合の腐肉食者と捕食者に対応しますが、共通祖先●29の時点ではまだ動物は現れていなく、僕たちの祖先は細菌や原生生物を分解する菌類のような生き物だったと考えられます。
この頃にはまだ陸上には生き物が進出していなく、●29は海のなかで生きていたはずですが、ひとつ問題があります。実は現在の菌類で海に住んでいるものは限られたものだけで、大部分は陸上のものです。ですから、海にいたはずの●29がどのような生き物だったかは謎です。
さらにさかのぼって次に出会うのが、「変形菌」(図18-5a、b)など「アメーボゾア」との共通祖先●30(図18-1)です

図18-5a.変形菌の一種のタマモジホコリ(国立科学博物館所蔵標本)。

   図18-5b.変形菌の一種のススホコリ(国立科学博物館所蔵標本)

変形菌は粘菌ともいい、アメーバになって移動し、キノコのように胞子を作ります。●●ホコリなどという変形菌は、以前●●ホコリカビなどと呼ばれましたが、カビと混同されるので●●ホコリと呼ばれるようになりました。
変形菌は、細菌やカビ、キノコなどの菌類を食べます。これら変形菌によって食べられる生き物は植物や動物の遺体を分解して生態系に戻す役割をもつものです。分解者がいないと生態系が成り立たないという話をしましたが、変形菌のように分解者を食べるものがいなくても困るのです。分解が速く進み過ぎると、落ち葉や倒木がすぐに片づけられてしまうので、これらを住み家にしている生き物は困ります。また、分解者がいなくなると、土壌の乾燥化が進んでしまいます。このように変形菌は分解者を食べることによって、落ち葉や倒木が分解されるスピードをコントロールしているのです。
変形菌は動物、菌類、植物などにくらべるとマイナーなグループと考えられるかもしれませんが、一生のあいだにいろいろな姿を見せるとてもおもしろい生き物で、有名な博物学者の南方熊楠や昭和天皇も研究されたものです。
僕たちの生きている生態系は、いろいろな生き物が複雑に関わり合いながら成り立っています。ですから、このシステムの一部が欠けても、生態系は破綻します。このような生態系を構成している生き物がすべて、もとをたどると一つの共通祖先から進化したのです。
僕たちとキノコとの共通祖先●29(図18-1)、変形菌との共通祖先●30とたどってきましたが、これらはどのような生き物だったのでしょうか? 持続的に生態系が成り立つためには、まず独立栄養の生き物が現れなければなりません。それはシアノバクテリアなどの光合成細菌や次回お話しする植物です。
●30や●29(図18-1)は独立栄養の生き物が現れたあとで進化したものです。今回のお話で出てきた地衣類などは独立栄養といえますが、それは従属栄養の菌類が独立栄養の藻類を体内に取り込むことによって出来上がったもので、●29の時点ではまだ存在しなかったはずです。菌類のうち、遺体を分解するのは腐生、冬虫夏草のように生きたものに取りつくのを寄生といいますが、●29は腐生あるいは寄生性の生き物だったはずです。
変形菌は細菌や菌類を食べますが、●30(図18-1)の時代には菌類はまだいなかったので、細菌を食べていたと思われます。そこから分かれて菌類に進化した系統が、植物を食べるようになったのでしょう。●30から変形菌、菌類、それに僕たち動物が進化しましたが、それらを「オピストコンタ」といいます。

つづく(次話)


*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著『系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史』 (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹

【バックナンバー】
第1話 旅のはじまり
第2話 ヒトに一番近い親戚
第3話 ニホンザルとヒトの共通祖先
第4話 マーモセットとヒトの共通祖先
第5話 メガネザルとヒトの共通祖先
第6話 ネズミとヒトの共通祖先
第7話 クジラの祖先
第8話 イヌとヒトの共通祖先
第9話 ナマケモノとヒトの共通祖先
第10話 恐竜の絶滅と真獣類の進化
第11話 卵を産んでいた僕たちの祖先
第12話 恐竜から進化した鳥類
第13話 鳥類の系統進化
第14話 カエルとヒトの共通祖先
第15話 ナメクジウオとヒトの共通祖先
第16話 ウミシダとヒトの共通祖先
第17話 クラゲとヒトの共通祖先
第18話 キノコとヒトの共通祖先
第19話 シャクナゲとヒトの共通祖先
第20話 旅の終わり

*もっと詳しく知りたい人に最適の本
長谷川政美著系統樹をさかのぼって見えてくる進化の歴史 (BERET SCIENCE) (ベレ出版)。 本連載に大幅な加筆をして、新たな図版を掲載したものです。

扉絵:小田 隆
ブックデザイン:坂野 徹